毎週末、学園祭に行き、やっと求める答えにありつけた気がします。それというのも、海外での社会貢献活動。
話を聞いただけでも、ネパール、エチオピア、東ティモールなどの、女性や子供、特に一般的に言われている階級社会の最下層の人たち。東京に生まれるか、過疎の年に生まれたくらいの差で、人生では大きな差が出来ていると言う話を聞き、そうなのかと共鳴しました。
日本風に言えば、えた、非人とかだと思いますが、出生については、最近は親ガチャとも言われますが、それだけで人生が決まるのは、キツイなとは思います。
因みに日本にはそういうのが無いのかと言うと、主に病気起因だと思いますが、障害者や社会的弱者、親がいないことによるハンディキャップや、親が仕事を出来ないので、一家の大黒柱として活躍している人、日本だと癌が死ぬ病気ではトップに挙げられると思いますが、体内で出血したりすると、治るのより死亡するのが先と言う事もあるので、病気は何かしら兆候があってなるものですが、本人にとって、ネガティブなストレス過多になると、高確率で病気になっているのではないでしょうか。
海外の非営利活動や非政府活動、SDGsや、DEIも社会的貢献や社会的責任としては、大事ですが、日本にいると、気持ちの上で、日本に戻ってこれるから、大丈夫もあると思いますが、現地に溶け込むと、とても大変です。
しかし、日本にも助けて欲しい人、助けなければいけない人は沢山いるので、「障害者・社会的弱者」の手助けに協力頂ければと思います。みんなで少しずつ背中を押せば、自立して、また動けるようになると思います。
国に支援を求めるのも一つですが、例に挙げるとこども食堂が何故周りの社会の人からで運営されているのか。簡単に言えば、国は声の大きな人からの話しか聞かないし、動きません。
多くの人を助けることで、それが実績となり、声となり、公的扶助でも良いですし、人口減少社会の日本には、一人でも働き手が欲しいと思うので、邪でも全然良いのですが、自分が病気になって、会社を辞めざるを得ず、会社からのお給料で生活していたのが、貯金を使って、そろそろ貯金が付き添うと言う時は、絶望の何物にも代えられません。
生命保険、損害保険、がん保険、年金保険とか色々ありますが、自分自身が病気になった時のセーフティネットとして、先に社会を良くしようとは思ってみませんか?情けは人のためならずです。